akito-thinsprint’s diary

初めまして。アキトです。現在、シンスプリントを専門とするケアのアドバイザーをしながらブログを書いています。

腰椎分離症のときのつらい思い出

読んでいただきありがとうございます。

脱シンスプリントランナーのアキトです。

 

 

 

今回は僕が高校1年生の時に経験した

「腰椎分離症」について

その当時のことを話していこうと

思います。

 

 

 

この症状が起こるきっかけとなったのは

中学3年生の時の体育の持久走でした。

 

 

 

当時、僕が高校進学のために

内申点を重視していたので、

体育でも良い成績を取るために

学校以外でもかなり走っていました。

 

 

 

場所は家の近くの少し大きめの

運動公園で、塾通いの人間だったので

塾がない日や終わった後などに

だいたい3kmほどランニングを

していました。

 

 

 

頻度は週に3,4回ほどでしょうか?

その当時はストレッチなども軽めに

行うような感じで済ませていましたね。

 

 

 

期間としてはだいたい3か月ほど。

受験生ながら走り続けてきたことは

自分でもなかなか頑張っていたなと

今でも少し思ってたりします。(笑)

 

 

 

しかし、

11月ころからだんだんと

腰に違和感を感じるようになってきました。

 

 

 

受験生ということもあり、

基本は椅子に座って勉強。

でも、椅子に座っているだけでも

ずっと腰が痛いままでした。

 

 

 

季節が季節なので、

温かい湿布を腰に貼ったりして

何とか授業を受けていました。

 

 

 

結局腰は痛いままでしたが、

体育は思った通りの好成績を

残すことができたので嬉しかったです。

 

 

 

しかし、

その時には腰の痛みは限界。

親から何度も「病院に行け」と

言われていましたが、

 

 

 

僕は、

もう入試がすぐあるという理由で

ずっと病院に行かずに

勉強をしていました。

 

 

 

ずっと、痛みに耐えながら

受験勉強をしていましたが、

今思うと、どの道痛みに耐えながら

勉強することはわかっていたので、

特に気にしてはいないです。

 

 

 

それから、

受験が終わってから

さすがに病院に行きました。

 

 

 

行きたい高校にも合格できたので、

気分はルンルンでした。

 

 

 

しかし、

病院に行って様々な検査を受けました。

 

 

 

レントゲン、MRI、CTなど

いろんな検査室を1日中回っていました。

 

 

 

その後3日ほど結果が出るのを待って、

言い渡された症状は

「腰椎分離症」でした。

 

 

 

初めて聞いたケガだったので

「はい?」というような感覚でした。

 

 

 

その後に、

「コルセットを着用してください。」

その時の医師から言われました。

 

 

 

しかも、市販のものではなく

自分専用のオーダーメイド製の物でした。

 

 

 

まず身体中にラップのようなものを巻かれ

石膏?のようなものをペタペタと

身体にくっつけて作りました。

 

 

 

感想としては、

めちゃくちゃ熱かったです。

 

 

 

そして、しばらくして

ガッチガチに固まって

僕専用のコルセットが完成しました。

 

 

 

付け心地は控えめに言って

最悪でしたね。

 

 

 

常にお腹を締め付けられているような

感覚がありました。

 

 

 

僕の場合、お尻から背中までを

固定する必要があったので、

割と大きめのコルセットに

なっていました。

 

 

 

無理やりお腹を持ち上げながら

真っ直ぐに姿勢を保つような

形になるようになっていました。

 

 

 

かなり付け心地が

悪かった記憶が残っています。

 

 

 

そこから約3か月の固定期間が

命じられました。

 

 

 

なので、

卒業後の春休みはずっと

腰を固定したまま友達と

遊んでいました。

 

 

 

結構人も目も気にしていたので

腰にゴッツいコルセットを着けることは

とても抵抗がありました。

 

 

 

外で付けはずしするのも

なんとなく嫌な感じがありました。

 

 

 

春休みが終わって、

そして向かえた高校の入学式。

 

 

 

式自体は特に何もなく終わったので

良かったのですが、

その後のホームルームでは、

一人だけ背中が伸びていたので、

 

 

 

姿勢がめちゃくちゃよかったので、

なんか優等生のように

見られていました。(笑)

 

 

 

実際は体育会系の問題を起こしている

ような人間だったので、

治った後のギャップに驚かれました。

 

 

 

3か月と言えども

なかなかの闘病生活でしたね。

 

 

 

体育ももちろん見学で

学年集会などでも

僕一人だけパイプ椅子に座って

いたので、

 

 

 

年上の方々からも、

「なんやあいつ?」って感じの

目で見られていました。

 

 

 

気まずかったですね。

 

 

 

部活も一応、

サッカー部に入部したのですが、

3か月間はずっと見学でした。

 

 

 

自分だけができないのに

他の人がやっているのをずっと見ていたので

なんとなく嫌になってしまって、

 

 

 

部活も週1回くらいでしか

来ないようになってしまいました。

 

 

 

気持ちの面でも

かなりやられていたのだと思います。

 

 

 

その頃は僕は友達の誘いで

よくゲームセンターに行っていたので、

なんとかその楽しさで紛らわせることが

できていました。

 

 

 

そんなこんなで

3か月が経って、

 

 

 

やっとの思い出コルセットが

外せるようになりました。

 

 

 

3か月とは思えないくらい

長かったような体感でした。

 

 

 

しかし、

なぜかさらにそこから

1か月のリハビリがスタートしました。

 

 

 

まぁ分かってはいましたが、

すぐにサッカーをしたかった僕からすると

結構ストレスになっていましたね。

 

 

 

それでもちゃんと

1か月間のリハビリは

行いました。

 

 

 

3か月間使っていなかった

腰の筋肉の増強をしたり、

下半身全体の筋トレをしたりと、

 

 

 

毎日筋肉痛になるほど

その時は自分を追い込んでいました。

 

 

 

しかし、

そのおかげもあってか、

3週間ほどで練習に復帰することが

できました。

 

 

 

その3か月後に、

また別のケガをしてしまうのですがね。

 

 

 

(僕がお伝えしたいこと)

 

 

 

腰椎分離症は

自分の中でもトップ3に入るほどの

つらいケガでした。

 

 

 

夜もなかなか眠ることができず

朝起き上がる時も痛みが出てつらい。

 

 

 

ほんとうにそのことに

尽きると思います。

 

 

 

この記事が腰椎分離症で悩む方に

届くことを心から願っています。

 

 

 

読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

(告知)

 

 

 

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